乱反射する東京ミッドタウンの光によってこの作品は光ります。
行き交う人々は作品の前を通ると、その反射光に足を止めて作品を撮影することもあるでしょう。
美術館ではない、パブリックなこの場所で展示するとき、気になって写真を撮ってみようと思ってくださった方に
もっと強くメッセージを感じて欲しいと思い、写真をSNSに投稿することも想定して、私はこの作品を制作しました。
この作品は絹糸と化学染料と再帰性反射素材でできています。
経糸に用いている絹糸はカイコガという昆虫の繭が原料です。
緯糸の再帰性反射糸は、注意喚起を促すために道路標識や自転車の反射板に使われます。
糸は、液晶画面などに使われる光の三原色であるRGBカラーを参考にした三つの色で染め上げています。
フラッシュを使って撮影すると反射し、バグがおきた液晶画面に現れるノイズのような模様が見え隠れします。
錯視の効果によって、異なる色も見えてくるように考えています。
カイコは、5000年以上前から人々の暮らしに関わり続け、
人間の生活の発展と共に多くの改造が重ねられてきた生物でもあります。
近年では、幼虫の腸内に別の生物の遺伝子やホルモンを注射する方法などが用いられることもあります。
マウスの100分の1のコストで実験ができることや、動物愛護の観点からの倫理的抵抗感が小さいことなどを理由に、
実験動物としての利用にも向いているとされています。
私は実験動物に別の遺伝子を導入することは本来の遺伝子の歴史においての「バグ」であると考えました。
また、最新の養蚕のカイコは飛ぶことができません。
もしも養蚕や品種改良が行われず、カイコが飛ぶことのできる世界であったら、
私たちの生活はもっと現在と異なっているかもしれません。
絹糸の歴史は中国で始まり、様々な国で高価なものとして、通貨や貿易に用いられてきました。
本作品を展示している東京ミッドタウンや六本木は国際的なビジネス拠点であり、
各国の大使館が集まり、様々な国の多くの人々が行き交う場所です。
世界に通じる素材である絹糸は、作品を目にする人々との共通言語になり得ると考えました。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、 自然と人との関係は再考すべき段階になっています。
人が自然を切り開いた結果、出会うはずのないウイルスと人とが出会い、世界中へと広まっていきました。
私たち人間は、ほかの生物の歴史を改変してまで生きていることに普段は目を向けません。
作品を通して今一度、自然と人間について再考していただけたらと思います。
最新の養蚕のカイコは飛ぶことができませんが、私の作品は東京ミッドタウンからさらに広い世界へと羽ばたいて行って欲しいです。